「この馬鹿銀次!!チラシは丁寧に入れろ!!乳の谷間が見えなくなるだろうが!!」
蛮は憤慨してテーブルを叩く。
「でも蛮ちゃん、この量を全部丁寧にやっていくのは無理だよ〜。」
うるる〜と目を潤ませて、銀次は訴える。
「馬鹿やろう一流の仕事人たるもの、いかなる仕事にも一流の量とクオリティを提供するもんだ!俺達は永遠の桃色パラダイスを取り返せ!男の夢GetBackers。この仕事でなにが何でも必殺仕事人にならなければならねぇ・・・」
「テレクラティシュのチラシ詰めの必殺仕事人なんて、俺嫌だよー。人間としてなんか間違ってるよー」
くそ真面目に言い切った蛮に、るるる〜とタレて洪水のように涙を銀次は垂れ流す。すると蛮はカッと目を見開いて「この、特大馬鹿野郎!!」と先ほどより大きな声で怒鳴りつける。
「見よ!!この蛮様の神の御技を!!」
蛮は自分が手を施した中でも、特に優れた作品を掲げて銀次に見せた。
――そのテレクラティシュには、半分寝そべりながら谷間を寄せてこちらを向いてる涙ぼくろのセクシーお姐さんが、その狭いチラシの中でどこも欠けることなく、折れることなく、その扇情的な表情、なぞりたくなる鎖骨、やわらかそうな腕、足蹴にされたくなるような美脚、そして圧倒的な迫力の輝くような胸の谷間がプリントそのままにあった。そしてそのセクシーお姉さんがふっくらとしたルージュの唇で銀次に囁く。『もう貴方を一人で寝かせない。今夜は私の声でビンビン・ナイト☆』・・・――ああこれぞ神の御技・・・!!
「ブハッッ!!」
銀次は盛大に鼻血を噴き出した。
「あぁぁあーーー!てめぇテッシュに血が!!この万年童貞馬鹿!エロテッシュごときに欲情してんじゃねぇ!!ささっとその鼻からでている血液をとめろぉぉ!!ああぁ〜〜」
世界の終わりが来たような悲痛な叫び声をあげながら、蛮は店にそなえつけてあったペーパーナプキンを鷲掴んでぐいぐいと銀次の鼻に捻じ込もうとする。
銀次が「無理無理無理そんなに鼻入らないって蛮ちゃん!俺人間なんだから」と嫌々と顔を振ると、蛮が「てめぇ何、人間様ぶってやがる!この化け物雷気ウナギ!!」とまたギャンギャンと怒鳴りつけた。
「――お前ら立派すぎる、営業妨害だぞ」
波児は新聞を畳みながら無駄とも思える言葉を吐いて、カウンターに置いてあるダンボールを覗きこむ。そこには一時間前に仕上がって隔離されて、かろうじて銀次の鼻血から免れたGetBackersの文字どおり血と涙の結晶のエロティシュが詰まっていた。現在買い物に出かけている夏実とレナのコンビが帰って見たらなんていうやら・・・。
裏新宿一の奪還屋は現在所持金0記録更新中。見かねた波児がもういっそ内職でも始めたらどうだと勧めたら、奪還屋が選んだ内職はテレクラ・ティッシュ詰め。
一年前に奇跡を起こしてバビロンシティから生還しておいて何やってるんだか。こちらも一年前に痛めた腰を擦りながら「おい床汚したら掃除しとけよ」と本当は永久追放にしてやりたいが、大人な波児は最大限に譲歩して言ってやった。
結局ペーパーナプキンを小さく千切って鼻に詰め込みながら、銀次は「ねぇ蛮ちゃん」と話しかける。
「卑弥呼ちゃんに会いに行かなくて良いの?」
「ああん?」
鼻血の被害にあったティシュと無事だったティシュをぶつぶつと文句を垂れながら、分別作業をしていた蛮がさらに不機嫌そうな声をだして答える。
「だってさっきカヅっちゃんも言ってたじゃない?ヤバイ仕事ばかり請けてるって・・・きっと今無理してんだよ卑弥呼ちゃん・・・」
「バーーーーカ!だからこそ行けねぇつうんだ。黙ってろこのウルトラチェリー野郎」
銀次は「なっ、なっ・・・なん!!」と言葉をつまらせてと目を白黒させた。蛮はもう話すことはないといった風に黙々と作業を始めてしまってる。
はぁ、と煙草の煙を吐きながら、波児は仕方なく蛮の言葉をひきついでやる。
「あのなぁ銀次。振られた女が必死に一人で我武者羅にがんばっているときに、振った張本人が慰めに行っていてみろ。女のプライドはズタズタだろうが。だいたいな卑弥呼ちゃんの性格を考えてみろ、素直に弱ってるところを見せると思うか?逆だろう?強がって余計無理をするに決まっている。――銀次。男と女にはな、月並みな言い方だが時が解決するのを待つしかない問題もあるんだ。傷ついている子がいて話しかけないことが必ずしも冷たいということにはならない。逆にそれが優しさということもあるんだ。わかるか?」
「・・・なんとなく。多分、それは大人の優しさなんだね」
銀次の言葉にフッと波児が笑みを漏らす。
「ズルイ言い方に聞こえたか?」
「ちょっとね。でも、いいや。蛮ちゃん卑弥呼ちゃんに会うのが嫌で、会いに行かないって言ってる訳じゃないってわかってるから!」
にかっと満面の笑顔で銀次が笑う。
「お前らしいな。――よし、二十歳を過ぎても良い子なお前に、俺が直々に女性論を伝授してやろう。いいか銀次、女っていうのはな・・・」
素直な銀次は、うんうんと頷きながら聞き入る。
思惑どおりに卑弥呼の話から徐々に遠ざけて、女の口説き方を伝授しながら、波児は蛮を見た。
手元でティシュを弄りながら、蛮の紫電の瞳は物思いに沈んでいた。
□ ■ □
今日は久方ぶりのオフだ。
過密スケジュールで仕事をこなしていた卑弥呼は、疲労と本格的な不眠症に悩まされていた。ついこのあいだの仕事でも支障をきたしてしまったため、思い切って仕事を一つキャンセルし今日一日の休日を確保したのだった。
最近は本当に睡眠をとれていなかった。眠ろうとすると、いつか自分とは違うあの意識に、身体を乗っ取られてしまうのではないかと恐れを抱いて、睡魔に抵抗してしまう。だが逆にその抵抗が常に睡魔が襲い掛かってくる状況を作りだしているのはわかっていた。
今日こそは思い切ってぐっすり睡眠をとらなければと、卑弥呼はリビングに眠るために最適なシュチェエーションをセッティングした。
浸かっている足湯をぱしゃりと波立たせながら、椅子に全体重をかけて身体を伸ばし、深呼吸をする。目を閉じると、とっておきのフィーリング効果のあるポイズンパヒュームの香りが鼻腔をくすぐり、耳にはゆったりとしたクラッシックが入ってくる。
しばらくぶりに精神が落ち着いた。
だが、うとうとと浅い眠りが卑弥呼を包み込みかけた時、もはや脳裏でなんども聞いた声がした。
『お前を、女としてみることはできねぇよ』
はっと卑弥呼は急激に覚醒する。
胸に爪を立てて呼吸を荒くつく。
今でも思い出すだけもでも胸が凍りつく。
涙が零れそうになる。
卑弥呼は再び浮き立った精神をギュッと目を閉じて耐えようとした。
だめだ。
今落ち着かないとまたアイツの声が聞こえてしまう・・・
――殺しなさい。愛するものをその憎しみの刃によって殺しなさい。 私 はそのために生まれてきた存在なのだから・・・
「うるさいっ!!」
ばしゃん!と足が浸かっていたぬるま湯の桶を蹴り飛ばした。
はぁはぁと息をつきながら顔を手で覆う。脂汗が顎の下に流れるのを感じた。
「私は蛮を憎んでなんかいない!私は蛮の幸せを誰よりも願ってる!!いつだって!!」
――憎んでいない
――本当に?
――嘘。
「黙れ!!」
――貴方があの男に振られたのは、貴方が呪われたブードゥチャイルドだから。ブードゥチャイルドは元々堕胎されるはずだった子供、この世にいらない存在。
――だから貴方は、愛する者にも捨てられた。
「いやっ!」
卑弥呼は耳を塞ぎ、身を護るように胎児のように身を縮めた。
身体を震わせながら怯えたように呟く。
「怖いの・・・私・・・助けて、邪馬人・・・・!」
次の瞬間 塞いだ耳に違う声が聞こえた。
『私と契約を結びませんか?』
ふと、その声で一週間前に赤屍から出された馬鹿げた提案を思い出した。
提案を聞いたとき、憔悴しきった頭は回らず、提案の内容を理解するのに一分はかかった。
だが段々と理解するにつれ、ふつふつした怒りと屈辱が湧き上がって首筋を熱くするのを感じた。
『あんた私のこと馬鹿にしてんの!?』『私がそんなに弱い女だと思っているわけ!!」『ふざけるな!!』思いつくかぎりの罵詈雑言を投げつけたが、赤屍は余裕の笑みを浮かべ続けた。
『ご返答はすぐでなくてもかまいません。じっくりと考えてみてください。じっくりと、ね』
と言って「では今回の仕事はこれで終わりですね。私は先に失礼します。ではレディポイズン、またお会いしましょう」とひらひらと手を振ってDrジャッカルは鎮火して静まった道を去っていった。
『私は貴方に私を差し出す。その代わり時が来たら貴方を私に下さい』
あの時の言葉を思い出すと再び怒りと屈辱が沸き起こる。だがそれ以上に今は困惑を感じる。
「・・・まったく何を考えているの、あの男は」
耳に再び音楽が入ってくるのを聞きながら、卑弥呼はくしゃりと前髪をかきあげた。